1月の法話集 ~雨の日は雨の日、嵐の日は嵐の日、すべて好日~


新しく家をおつくりになったご家庭に招かれたときのこと。ご主人が床の間に掛けてある掛け軸を見てほしいとのことで拝見しました。菩提寺のご住職を通じて、大本山の立派なお坊さまに書いていただいたもので、家の宝物になさるとのこと。掛け軸にはなるほど堂々とした塁蹟で、〝日々走れ好日″と善かれていました。
「なかなかよい言葉です。とても立派な掛け軸です」
と申し上げると、ご主人は満足そうに申されました。
「はい。この〝日々是れ好日(にちにちこれこうにち)〟の言葉通り、私たち夫婦や子どもの毎日がよい日の連続であって、毎日が天国のようであってほしいと思いこの文字をお願いしました。はい」
ご主人のこのお言葉を聞いて、私は申し上げました。
「ご主人、〝日々是れ好日″の意味、教えは、毎日がよい日の連続であってほしい、平和であればよいとの願いではありません。もっと厳しく、積極的な生き方の覚悟を教えているのです。」
ご主人は驚かれたようですが、つづけて申しました。
「一日一日を生きている私たちには、雨の日も風の日もあります。やがて死ぬ日も必ずやってきます。雨の日は雨の日として好しと受けとめる。嵐の日は嵐の日で好日(こうにち)と受けとめる。そして死ぬ日は、死ぬ日として好い日であると受けとめる。どんな日であれ、好日として受けとめる積極的な覚悟を持てと教えているのですよ!よい言葉ですね。」
ご主人、深くうなずいておられました。



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