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龍昌寺略史
1 山号  虎洞山
2 寺号  龍昌寺
3 本寺  宮古市津軽石瑞雲寺
4 開山  本寺瑞雲寺七世一機文朔大和尚
5 宗派  曹洞宗
6 沿革 ○当寺は、明治四十三年(一九一〇)火災にあい、本堂庫裡 を全焼し、古代過去帳や古代文書等消失し、詳細は不明である。
本寺瑞雲寺文書及び、同開山である大槌町吉里吉里の吉祥寺縁記によると寛永八年(一六三一)前記瑞雲寺に勧請し、寛永十年(一六三三)同寺七世一機文朔大和尚が開山し、「龍昌寺」と号した。
 
○一五世龍山大和尚の代に伽藍の修復、什器などの補充を行い寺・域等完備したかに思われたが、同住職代 明治四十三年(一九一〇)に不慮の出火により、伽藍・堂塔のほとんどが灰燼と帰してしまった。
龍山大和尚の発願と檀信徒の布施行により、
 *大正四年(一九一五)本堂の再建
 *同七年(一九一八)庫裡の再建
 *同八年(一九一九)鐘楼堂の改築等々伽藍の修復がなされた。
 
○昭和五十六年(一九八一)十九世覚真大和尚の発願と檀信徒の布施行により、庫裡の大改築を行い、仏教会館として生まれ変わった。
  
○同五十七年(一九八二)本堂屋根の改修と銅板屋根ふきかえ工事を行った。
7 社会福祉事業 ○十七世天山光寿大和尚(清水光寿氏)が昭和二十七年(一九五二)に創立した山田町第一保育所がある。
現在は、社会福祉法人三心会山田町第一保育所として、地域になくてはならない児童福祉施設となっている。
8 墓域に眠る近世の有名人 ○阿倍長俊 
天保八年(一八三七)~大正元年(一九一二)
教育者・医師・歌人 山田八景がある。
 
○阿部椿堂 
寛政七年(一七九五)~安政二年(一八三三)
漢学者・書家。
 
○貫洞卓堂 
寛政四年(一七九二)~安政四年(一八五七)
大槌代官所役人を経て俳人。
 
○阿部和作 
天保五年(一八三四)~明治一六年(一八八三)
数学者。「捷野開方新式」前編を刊行。

 
○山田一郎 
天保八年(一八三七)~元治元年(一八六四)(横田 博)水戸天狗党に属し、筑波義挙に参加した義士の一人。
 
○鈴木善幸
明治四十四年(一九一一)~平成十六年(二〇〇四)
第七十代内閣総理大臣
第十代自由民主党総裁
正二位第勲位菊花大綬賞