4月の法話集 ~お前がいるから幸せなんだ~


"順固で無口"という人がいるものですが、S君のお父さんもそれは頑固で無口です。高校一年生になるS君の一番の悩みの種が、お父さんの頑固さと無口だそうです。S君のお父さんは農業をやっています。専業農家ですけれど、それほど大きいわけではありません。朝四時には起きて田畑に立ち、夜九時にはテレビも見ないで寝てしまう。その時刻は三百六十五日変わりません。太陽の光で起きて、太陽の光が消えたら眠る。これが自然であり、人間の体に一番合っているからだというのが理由です。
S君は幼稚園、小学校、中学校と進んできたわけですが、今日の今日まで父親参観日はおろか、運動会、発表会などにお父さんが顔を出したことは一度もあり ません。すべてお母さんまかせでした。無農薬で栽培している野菜畑のことで頭がいっぱいになっていて、子どもの教育などには気が回らないらしいと、お母さ んがいつも愚痴をこぼします。食事のとき、茶碗や箸を持つお父さんの手は真っ黒です。それを見てS君はときおり考え込むのでした。
"お父さんて幸せなんだろうか。何か幸せなことがあるんだろうか……"いつか、お父さんに聞いてみようとS君は思っていました。
それはS君の高校入学試験の発表があった日のことです。"見事合格"を知らせたくてお父さんを探すと、だれもいない冬の田んぼにその姿がありました。
「合格したよ。」
とのS君の声に、お父さんはただうなずくだけです。このときばかりとS君はいいました。
「お父さんって幸せなの?」
またお父さんはうなずくだけです。
「なぜ幸せなの、教えて! ねえお父さん!」
しばらくしてお父さんの静かな声がありました。
「お前がいるから幸せなんだ。」
お父さんのこのひと言、千金の重みがありますね。



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