6月の法話集 ~説法の名人~


お釈迦さまは相手に応じて教えをお説きになる名人でした。たとえば……。
キサ・ゴータミーという女性が、自分の一人息子を死なせてしまい、悲しみのあまり気も狂わんばかりに死体を抱き、何としても生き返らせてほしいと修行者や仙人を訪ね歩きましたがかなえられず、お釈迦さまのところへまいります。お釈迦さまは申されます。
「よろしい。死んだ息子の命を取り戻してあげよう。ただしキサ・ゴータミーよ、これから一度も死人を出したことのない家に行って、ひと粒の芥子(けし) の種を持ってくるのだ。いいかね、一度も死人を出したことのない家の芥子の実をひと粒持ってくれば息子の命はよみがえる!」
大喜びのキサ・ゴータミーは家々を訪ねました。どこの家も芥子の実などおやすいご用だといってくれるのですが、「いままでに一人の死人も出したことはな いのでしょうね?」と問うと、どの家の人も悲しい顔になり、亡くした家族のことを語り始めるのでした。次から次へと村中の家々を回ったけれど、一軒として 死人を一人も出したことのない家などありません。
疲れ果ててお釈迦さまのもとへ婦ってきたキサ・ゴータミーは申しました。
「お釈迦さま、一人も死人を出したことのない家などありません。どこでも両親や兄弟や子どもを亡くして、深い悲しみを経験し、その苦しみに耐え、やがて生 きる力を取り戻しています。お釈迦さま、私にはよくわかりました。この世に生まれたものはいつかは死にます。私の息子を生き返らせることはできません。私 もこの悲しみに耐え、生きつづけてまいります。」
キサ・ゴータミーの語ったことを、はじめにお釈迦さまがさとされていれば、彼女は気がつくことなくまだ乱れ狂っていたことでしょう。お釈迦さまはほんとうに人を見て法を説く名人でした。



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