6月の法話集 ~利休と一輪の朝顔~
千利休と秀吉の話です。
利休の屋敷に美しい朝顔が咲いているとのウワサを耳にした秀吉が、ぜひ見たいと利休に申し入れました。さっそく家来たちが下検分にまいりますと、ウワサ通り、色とりどりの朝顔が所せましと咲いています。秀吉は大よろこびで、朝早く利休宅へ出向きました。
うやうやしく出向かえた利休の案内で庭へ出ますと、どうしたことか一輪の朝顔の花も見えません。びっくりしたのは、下検分の報告をした家未たちです。秀吉の顔を見ると、今にも大きな雷がおちそうです。
「朝顔はどこじゃ!」
利休はなんらうろたえることなく、茶室へと案内します。茶室に入り、身を正した秀吉の目にとびこんで米たのは、床の間にいけられた、まっ赤な一輪の朝顔でした。しばらく、じーっと見つめていた秀吉は、
「利休、みごとじゃ!」
利休は、あれほど、たくさん咲いていた朝顔の中から、最も美しい一輪を茶室にいけ、他はすべて切り取ってしまっていたのでした。
この話は、その日の内に人から人へと伝わり、茶の湯の師匠としての利休の名を一段と高めたのでした。利休は将軍秀吉だから、これはどの客のもてなしをしたのでしょうか、いいえ、お客さまであればしたにちがいありません。
茶の湯のことを茶道といいます。道をきわめるために作法や形を学んで行きますが、その奥にきわめねばならないものは、この利休の精神ではないでしょうか。その教えの神髄を、心と身を侍って行わなければ真の仏行、信仰生活はあり得ません。
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