7月の法話集 ~袖ふれあうも~
若いカップルに、「どこでめぐり合ったの」と問いますと、「ええ、偶然旅先で」とか、「バスを待っていたら雨が降ってきて、偶然、すぐ前に彼女がいて……」なんて、偶然を連発発します。本当に二人の出合いは偶然でしょうか。もし、一台前のバスに乗ってしまっていたら、偶然はおこらなかったわけですね。
昔の人がいっています。
「袖ふれあうも、他生の縁」
つまり、町を歩いていて、ふとすれちがったあの人、この人。こんな一瞬の出会いさえも、前世からの縁あってのことだというのです。前世からの縁あってこそ、この世で出会うことができたのだと……。それだけに、出会った人、結ばれた人、身の回りの人々を大事にしなさいよ、との意味 がこめられているのは申すまでもありません。偶然ではないのですね。これは仏教の考え方なのです。
前世なんてあるものか、と言われましょう。いいえ、前世はあるんです。今、あなたがこの世に生を享けるに当たっては、あなたのご両親、そのまた前のご両親、つまり多くの方々の存在があって今のあなたがあるわけです。このことを仏教では前世と申します。逆に、あなたがこの世を去ったとしても、あなたに関わる人々はちゃんと生き続けます。それがあなたの来来世です。
地球上に数十億の人々がいます。その人々の生活の中で、幾人の人々と出会うことができるでしょうか。ある統計によると、一人のお葬式に集まる人々の数は平均二百人だそうです。つまり、私たちが生涯に出会う人々の数は、そのくらいなんですね。こう考えると、やはり出会いは他生の縁、めぐり会いの不思議に手を合わせながら、仲よく、暮らしたいものです。
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