8月の法話集 ~青春の季節~


青春のない、または、なかった人は誰もいません。過ぎてみればなつかしく、これからの人には憧れになります。言うまでもなく、若さは最も美しく、はつらつとして疲れない。思い切って、そのことに打ちこめる。何もかもすべてがかぐわしく、悩ましく、そうして悩みも多いのが青春です。今さら言うまでもなく素晴らしい時期だけに、時にはうぬぼれて一生を台無しにしてしまうことだってあるのも青春です。
かつて、天台宗の葉上照澄さんは、日本が戦争に負けたその日から、「よーし、死んでやろう」と比叡の山に登り、絶えてやり手のなかった千日回峯行にとり組みました。「よーし、死んでやる」という決意がなければ、できない、古風な昔の修行をやってみたのです。比叡の山と取り組み、雨、風、雪の中を千日の山巡りの「行」に打ちこんだのです。そうして十年間、山を降りませんでした。生き死にさえ通り越した「行」は、東大出の病弱な若きインテリをたくましく変身させ、葉山上人を多くの人々から慕われる立派なお坊さんにつくりあげました。
これは一つの青春の結果です。誰にでもあリ誰にでもできる青春の大いなる実験をなし遂げたに過ぎないのです。つまり、やればできるということです。
やらなければできない。もとより、程度の差はあるにちがいないのです。一度真剣にぶつかって、真剣に燃えて、真剣に力を出し切って、「そのもの」と取り組むことが、青春の青春性だと思うのです。いい加減であってはならない。たとえ失敗しても、いい加減であってはならない。青春だけしか本当に燃える時はないし、そういうことを知らない青春は老いてますます惚けるだけです。



8月の法話集一覧表へ戻る