9月の法話集 ~ダイバダッタに合掌~
あるご住職のもとに、お檀家のAさんが夜遅くたずねて来ました。日ごろ温和なAさんの顔が引きつっています。ご住職は、仕事も終わったことだからと、少しのお酒をすすめました。お酒をいただきながら聞いたAさんの話は……。
ご住職もよく知っているAさんの幼友だちBさんに裏切られたと言うのです。Bさんは小さな牧場を経営していて、牛を増やすから、牛舎を建てるから、Aさ んに頼みこんではお金を借りておきながら、実は全部かけ事につぎこんでしまい、今夜行ってみると、どこかへ夜逃げしていたというのです。
「なぜなんだ、住職。あいつを信じて、オレは 苦労してためた金を貸したのに。」
お酒のせいか、Aさんの口調も荒だってきました。仲のよかった幼友だちに、今、数十年の友情をコナゴナに打ちくだかれて苦しんでいる、その姿を見ながら、ご住職は、Aさんにこんなことを言いました。
「あのお釈迦さまでさえ、ダイバダッタという幼なじみに裏切られ、殺されかけたことさえあったのさ。お釈迦さまが多くの人から尊敬されることをねたんだんだね。なんど、ひどい仕打ちを受けたか知れない。けれど、お釈迦さまはいつでも、ダイバダッタに合掌をされていた。人の心の奥にひそむ、悲しい醜さのあることを身をもって教えてくれたのがダイバダッタだからと申されてね。
五十年にもなろうとする友情を裏切られたAさんの、憤懣やるかたない気侍ちもわかる、またAさんを裏切ったBさんの苦しみもわかる。今すぐにとは言わん、あなたのダイバダッタに手を合わせてみては……。もし、Bさんが帰ってくるとしたら、Aさんのところしかないよ……。」
いつしか、Aさんの顔から、怒りの形相が消えていたのです。
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