10月の法話集 ~道心のなかに衣食あり~
しばらく顔を見せなかったA君がひょっこりやってきて笑顔でいいました。
「ご住職、ご住職のいわれたことはほんとうでしたよ。おかげでボクはいま、充実して生きてます。ありがとうごぎいました。これ、まだまだ未熟なものですが、受け取ってください!」
A君から手渡されたのは、竹細工の小さな一輪ぎしでした。A君が語ります。
「ボクは、竹細工職人の親父の仕事をバカにして、もちろん跡を継ぐなんて気はサラサラなく、就職雑誌を見ては仕事をいくつもいくつも変えました。お金もほしかったし・・・・・。
一年中節くれ立った親父の手、お金に因ってじっと座っているおふくろの後ろ姿、たまらなかったですよ。ボクはとうとう一攫千金を夢見てボクシング・ジムヘ通いましたが、箸にも棒にもかかりません。試合に敗けて顔をパンパンにはらして帰ったとき、ご住職にお会いしたんでしたねえ・・・。」
ここまで一気に語ったA君、両手で自分の顔をいく度もさすりました。ボクサー修業のころのパンチの痛さを思い出したのでしょうか。
「ふくれ上がったボクの顔を、そっと両手ではさんでくれてご住職がいってくださった言葉が、そのときのボクを救ってくれました。覚えておいでですか?」
「ああ、覚えているとも! ″道心のなかに衣食あり″・・・」
「そうです。道心のなかに衣食あり・・・衣食とは衣食住の衣食のことでしたね。
親父の仕事をよく見つめてみろ。竹細工職人ひと筋の道を歩いてきた人だけが得た好かな輝きを持っている。あの輝きに魅せられて次々に注文がくるんだ。お父さんの仕事を、まわりの人々がほうっておくものか。ひと筋に打ち込む仕事に、衣食住は自然についてくるものなんだ。″道心のなかに衣食あり″を実践している親父をもう一度見つめてみろ!とご住職は教えてくださいました。この一輪ざしが、ご住職へのご報告です!」
小さな一輪ざしが輝いています。
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