11月の法話集 ~仏のかたよりおこなわれる~


お相撲さんのような体をゆすってAさんが泣きました。九十二歳まで生きて亡 くなったお母さんの四十九日法要が終わり、だれもが帰ったあとのことです。
喪主であったAさんは、今日まで涙を見せることなく、いちずに亡きお母さんの供養仏事を行ってきたのです。四十九日をつとめ忌明けということで、胸に秘めていた悲しみがどっとあふれ 出たに適いありません。
母は命の恩人でしたと涙ながらにAさんは語りました。
「私は先の戦争で中国へ出征したのですが、途中で肺を患って骨と皮になり野戦病院で寝ておりました。
野戦病院といっても、民家の土間にわら布団を敷いただけで、とても病院と呼べるものではなく、死を待つ家といった方が当たっていました。何のためにこんなところまで来て犬死にしなければならないのかと思うと、悔やしくてなりません。
そして死の恐怖だけは日一日とつのってきました。そんなある日、幸運にも母からの便りが回り回って届いたのです。手紙には、仏さまの言葉が書いてありました。
″ただ、わが身をも心をも、はなちわすれて、仏のいえになげ入れて、仏のかたよりおこなわれて、これにしたがいゆくとき、ちからもいれず、こころもついやさずして、生死をはなれ仏となる″という言葉です。
この日から私は仏さまにおまかせしようと覚悟を決めて、幼いころから母について読んでいた『般若心経』を毎日毎日読みました。するとですね、まるで薄紙をはぐように快方に向かい、何と再び故郷の土を踏むことができたのです。私は母の手紙によって救われたのです。 母が送ってくれた"仏さまの言葉″に救っていただいたのです。
いまも私は一人でつぶやきます。 "仏のかたよりおこなわれる・・・″と。」
思う存分泣けばいいと、Aさんの大きな背中の震えを見つめていたことでした。



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