11月の法話集 ~生まれより行いを問え~


今では、あまり聞くことができませんが、夕暮れ、遠くからお寺の鐘が聞こえて、一日の終わりを思ったことがありました。
山奥のお寺の鐘は、毎日夕方になると必ず良い音色で、打ち鳴らされます。その音は山々を越えて、町や村に届きます。鐘をついているのはA君十九歳です。毎日山裾の家から鐘をつきに上って来るのです。今から二年ほど前のことでした。A君は荒れに荒れていました。
"オレのように、中学しか出ていないものを、誰もやとってくれねえよ。"
昔のように、高校に行きたくても行かれなかったというのではなく、A君のわがままで、中学校を卒業すると、小遣い欲しさにアルバイトを転々としたのでした。疲れはてて帰って来たA君に、ふとしたことで出会った住職は、時おり語りかけるようになりました。
ある時、
「おまえなあ、中学だけというけれど、中学を出ているって、たいしたもんだよ。わしなんぞ、小学校だけだぞ。兄弟が多かったから、お寺の小僧に出され、 戦争やなんだで学校に行けずじまいだよ。"生まれより行いを問え"とね。生まれや育ちじゃないんだよ。今の今を、どう生きてるかなんだ。」
夕刻になりました。鐘をつこうとする住職より早く綱をにぎったのはA君でした。
「オレにつかせてよ!」
「お前につけるもんか! やってみろ!」
A君は、力いっぱい、綱を引きましたが、タイミングがずれて、鐘は鳴りません。
「そうれ、みろ。鐘一つ、つくのでも、年月がかかるんだ。」
次の日から、毎日、A君は上ってきました。
新聞配達の道を選んだA君。もう二年以上つづいています。
夕ぐれの美しい鐘の音はA君であることを、誰も知りません。



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